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出光創業家が昭和シェル石油との合併に反対の本当の理由は?それを理解するヒントはあの小説にあり!!

昨日の出光興産の株主総会で、創業家が突然、昭和シェル石油とは異質の企業体質だとして、
合併に反対を表明したが、その理由の本質は何であろうか?
それを理解するヒントは170万部を超えるベストセラーとなったあの小説にあります。



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出光創業家が昭和シェル石油との合併に反対の理由は?それを理解するヒントはあの小説にあり!!

出光の創業家側は今後開かれる臨時株主総会で合併を拒否できる
3分の1を超える議決権を持っていると主張しており、今後この合併がどうなるかはわからない。

両社は昨年7月に経営統合で基本合意していた。出光は、石油メジャーの英・オランダ系のロイヤル・ダッチ・シェルから
昭和シェル株33・3%を取得する契約を結んでいる。
出光は今年9月に昭和シェルを子会社化し、その後に開く臨時株主総会で
合併の承認をもらい、来年4月に新会社を発足させる計画であった。

今回の株主総会で、突然、創業家が合併に反対した理由はなにか?
創業家側は2つの理由を挙げている。
両社は異質の企業体質を持ち、合併で経営の効率性を失う
出光がイランと「親密な関係を維持」する半面、昭和シェルはイランと対立する
サウジアラビアと関係が深く、合併を急ぐべきではない
その他、合併すれば創業家の影響力が下がると考えたのではという見方もでている。

では、①②は具体的にどういうことであろうか?それぞれの会社のこれまでの歴史をたどってみよう(Wikipedia参照)。

昭和シェル石油は、オランダに本拠を置く石油メジャーのひとつロイヤル・ダッチ・シェルグループに属する
1985年(昭和60年)に石油元売の一つであった昭和石油と、
石油製品の輸入・販売業務を行っていたシェル石油が、合併して生まれた。

シェル石油は、もともと1900年(明治33年)にロイヤル・ダッチ・シェルの日本法人としてライジングサン石油株式會社の名で設立され、
1948年(昭和23年)に シェル石油株式会社に商号変更されている。

昭和石油は1942年(昭和17年)に日本の3つの石油会社が合併し、
昭和石油株式会社として設立され、1951年(昭和26年)にはロイヤル・ダッチ・シェルが資本参加した。

2004年(平成16年)ロイヤル・ダッチ・シェルグループは保有する株式の
約10%をサウジアラビア国営石油会社(サウジアラムコ)に譲渡した

これに対し、出光興産は出光佐三により福岡県門司で石油小売を業とする「出光商会」として1911年(明治44年)に創業され、
1940年(昭和15年)に現法人が設立され、戦後高度経済成長の波に乗り、
石油の輸入・精製を手がける民族資本の元売大手として発展してきた。

“非上場の大企業”として知られていたが、時代背景から開かれた企業を目指すべく、
2006年(平成18年)になって、東証一部に上場した。
創業時より上場前まで「大家族主義」という日本的経営を標榜し、
タイムカードや定年制はなかった。

すなわち、石油メジャー系の昭和シェル石油と特に戦後メジャーと戦いながら発展してきた
民族資本の元売大手出光興産では出自、社風が大きく異なるということだ。

出光創業家の思いは戦後すぐに起こった日章丸事件を振り返ればよくわかる(Wikipedia参照)。

出光佐三の日章丸事件とは

第二次世界大戦後、イランは独立していたものの、その石油資源はイギリス資本の元にあり、
イラン国庫にも、国民にも利潤が充分に回らない状況にあった。
そこで、イランは1951年に石油の国有化を宣言した。

これに対しイギリスは、中東に軍艦を派遣し、石油買付に来たタンカーを撃沈すると表明した。
また、イラン対し、事実上の経済制裁・禁輸措置を執行した。

一方日本では、第二次世界大戦後、米英など連合国による占領後も両国と同盟関係にあるために
独自のルートで石油を自由に輸入することが困難であり、それが経済発展の足かせとなっていた。

イラン国民の貧窮と日本の経済発展の足かせを憂慮した出光興産社長の出光佐三は、
イランに対する経済制裁に国際法上の正当性は無いと判断し、
極秘裏にタンカー日章丸を派遣することを決意した。

第三国経由でイランに交渉者を1952年に極秘派遣し、
イラン側要人と会談を行い、粘り強い交渉の結果、合意を取り付け、
国内外の法を順守、国際法上の対策等準備を入念に整えたうえで、
日章丸は1953年(昭和28年)航路も偽装してイギリス海軍から隠れる形で4月10日イランに到着した。

武装を持たない一民間企業が、当時世界第二の海軍力を誇っていたイギリス海軍に
「喧嘩を売った事件」として報道され、連日日本では新聞の一面記事で報道された。

その後、イギリス海軍の裏をかき、回避する事に成功し、
海上封鎖を突破して5月9日9時に川崎港に到着した。
これが世界的に石油の自由な貿易が始まるきっかけとなった。

すなわち、創業者であり当時出光興産社長であった出光佐三は、社運をかけて、
石油メジャーや日本政府の意向と戦い、メジャーを通さず、
自由に石油を輸入できるように突破口を開き、
結果として日本の経済発展を支え、同時にイランの困窮を救ったといえる。

出光創業から以上を含む出光佐三の生涯を描いたのが、
ベストセラーにもなった百田尚樹著の「海賊とよばれた男」(主人公は国岡鐡造)である。
ここには、出光佐三の唱える「大家族主義」という日本的経営に対する考え方も描かれており、
出光は10年前になってやっと東証上場したことの意味も分かる。

また、出光がどれだけ、戦後からイランと関わってきたかということもこの歴史から、よく分かる。



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■ 出光創業家が昭和シェル石油との合併に反対に関する日本の反応

*規約に準じて掲載しております。もし掲載不可でしたらすみやかに削除しますのでお問い合わせください。

石油メジャーに属する昭和石油とは、
社風、イランとの関係が大きく異なり、大家族主義も含め、
創業者出光佐三の思いを大事にしたいという創業家の合併反対の理由はよく理解できる

「合併すれば創業家の影響力が下がる」といううがった見方からきているとは思えない。

最近、創業者がらみの騒動が続いているが、
筆者はこのケースはそれらとは一線を画していると考えます。

いくら世の中がグローバル化の時代といっても、
このような創業者の気骨を受け継いだ日本の会社が一社くらいあっても良いのではと思います。

なお、「海賊とよばれた男」は今年末に岡田准一主演で映画化されるようです。

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